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(1)東京都庭園美術館で、アールデコを鑑賞する。

IMG_1154のコピー 母と東京都庭園美術館を見学。「建築をみる2020 東京モダン生活 東京都コレクション1930年代」。浅香宮邸が生まれた時代、モダンライフは始まった——。

IMG_1183.jpeg 東京都庭園美術館は、1933年に浅香宮家の邸宅として建てられた建物を解放し、美術館になっている。

 アール・デコの館とも言われる朝香宮邸(現在の都立庭園美術館)は、邸宅の設計にフランス人装飾美術家のアンリ・ラパンに主要な部屋の設計を依頼。ガラス工芸家のルネ・ラリックのガラス扉など、アール・デコを積極的に取り入れた。

 朝香宮は、久邇宮朝彦親王第8王子・鳩彦王(やすひこおう)が、1906年に明治天皇から宮号を賜って創設した宮家だ。

 鳩彦王は、1910年に明治天皇の第8皇女・允子内親王(のぶこないしんのう)と結婚し、2年半余りのパリ生活を経て、この邸宅を建築した。

  1923年にフランス北部ベレネー近郊で、義兄の北白川宮成久王の運転する自動車が事故を起こし、同乗していた鳩彦王は重傷を負う。成久王は死亡。

 怪我の療養のため、フランス滞在が長引いたことで、フランス文化により長く触れることになった。

 特に看病のため、渡仏した宮妃と共に1925年のアール・デコ博を観覧し、同様式に対して、強い関心と理解を示した。

 1947年にGHQの指令により、皇籍を離脱し、同年、浅香宮家の方々は邸宅を離れた。

 熱海に移り、余生は趣味のゴルフ三昧の日々を送った。東京ゴルフ倶楽部の名誉総裁にも就任した。

 東京ゴルフ倶楽部が東京駒沢から埼玉県膝折村に移転された際には、膝折村が浅香宮にちなんで、朝霞町(現在の朝霞市)と改名されたことは有名だ。93歳で逝去。

IMG_1199.jpeg アール・デコ様式。1910年代から1930年年代にかけて、フランスを中心にヨーロッパを席巻した工芸・建築・絵画・ファッションなど、すべての分野に波及した装飾様式の総称。浅香宮邸は、アール・デコ様式で作られた。

 アール・デコは、アール・ヌーヴォーの最も簡素な側面、キュビズム、ロシア・バレエなど、様々な芸術を源泉とし、直線と立体の知的な構成と、幾何学模様の装飾を持つスタイルとして、徐々に確立されてきた。

 リズミカルで、メカニックな動きの表現がアール・ヌーヴォーの有機的形態に取って代わり、鉱物的で直線的なアール・デコの基調となっている。

 アンリ・ラパンやルネ・ラリックら、フランスのアール・デコ様式における著名なデザイナーが起用されており、宮廷建築を担っていた、宮内省内匠寮(たくみりょう)が手がけた邸宅の中でも、特色のある建築として、2015年には、国の重要文化財に指定された。

 宮内省内匠が手がけた建築としては、秩父宮邸や李王家邸、高松宮邸、東京国立博物館本館もある。

 写真は、正面玄関のガラスレリーフ扉。ルネ・ラリックの手によるもの。浅香宮邸(現在の庭園美術館)に入って、すぐのところにある。

 当初のデザイン案では、裸体の女性像が描かれていたが、日本側の要望で、着衣にする変更がなされた。

 今回の展示会では、いつもは閉められているカーテンが開け放たれ、浅香宮家の人々が暮らした面影を偲ぶことができる。

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IMG_1226.jpeg 化粧室。

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IMG_1235 (1) 贅を尽くした応接間。
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フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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