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吉岡忍 『日本人ごっこ』〜日本人になりすましたタイの少女〜

IMG_2870.jpeg 筆者の吉岡忍は、新聞の切り抜き一枚だけを持って、猛暑のバンコクに降り立った。

 日本人になりすました少女が首都・バンコクに出没した——。少女は、タイ駐在の日本大使の娘ユウコと名乗った。タイでも放映されていた「おしん」の主演女優の田中裕子の名を借りたのだ。

 本名はカンティア・アサヨット。小学校を卒業したばかりの14歳だった。

 ある日、バンコク郊外にあるスポーツ・スタジアムに現れた彼女は、人のよさそうな管理人に言った。「私は日本人です」。

 身長は152センチくらい、ぽちゃっとした感じで、少し小柄な女子大生のように見えた。タイの一般的な女の子よりは色が白く、まぶたは日本人の似顔絵などによくあるように一重だった。

 この瞬間から、彼女の“楽しい100日間”が始まった。彼女は、二人の警察官を護衛に付けて、地方視察するという大胆なことまでした。

 視察に訪れたのは、町の中心から18キロ離れた、タオコム・ウィタヤコム学校。小中学校を一緒にした学校で、324人の生徒がいた。

「タイ人には怠けています。日本人を見習うべきです」と、生徒の前で演説した。彼女は、どこに行っても、見事に日本人少女になりきった。

 スタジアムの管理人も、警察官も、はじめて接する日本人に興味を抱き、できるかぎり歓待した。誰も、少女がニセの日本人なだとは疑わなかった。

 日本大使の娘になりすますためには、日本語を勉強するなど、大変な努力が必要だっただろう。実際には、アヘン作りの山々に囲まれた、ゴールデントライアングルのタイ西北の小さな貧しい村で、彼女は育った。

「私、バンコクに行きたい」。家を飛び出した彼女の周りには、日本商品が輝いていた。

 貧しい家で生まれ、誰も関心を向けないような子供だったのに、いったん日本人の少女だと名乗るようになると、人々は手のひらを返したように態度を変えたのだった。

 なぜ、こんな少女が出現したのか、どうしてまた、大の大人たちが年端もいかない少女にころっとだまされたのか、筆者の吉岡は、戸惑うばかりだった。

 彼女は、バンコク市のマークの入った、スタジアムのレターヘッド用紙を盗み、タイプライターでこう打ったのだった。

「ユウコは日本大使の娘で、現在はタイの国内視察のために各地を旅行中である。わが国民には、彼女からの依頼があった際には、丁重に対応するように要請する」。彼女は、思慮深い娘だった。

 誰もが言う。「日本人を見るのは初めてだったし、いろいろ聞きたかった。『おしん』や東京ディズニーランド、電化製品のことなんかもね」。

 タイ社会には、いたるところにメイド・イン・ジャパンの商品と広告があふれかえっている。タイ人の日本への強いあこがれをうかがわせる。

 ある時には、大学に潜り込んだ彼女。伝統文化研究所では、辺鄙な農村地区に学校を建てるための募金活動を始めようとしていた。

 ステッカーを一万枚作って、一枚5万バーツ(約13円)で販売する予定だったのだが、彼女にはアイデアがあった。

「ステッカーの左側にタイの農民の姿を描き、右側には日本人形と桜の花をデザインして、日本人がタイの貧しい農民の援助をするというイメージを出したらいい。そうすれば、バンコクにいる日本人もステッカーを買ってくれるだろうし、私も大使館の人や日本人ビジネスマンに売りやすい」と言ったのだ。

 大学の図書館に行った彼女は、小学校を出たばかりとは思えない芸当で、こっそり調べ物をしてきた。いつも持ち歩いている分厚いノートに「これが桜についての説明です」と得意そうに言って、みなに見せた。

 植物としての説明とか、文化的な意味とか、桜の名所とか、細かい字で、びっしりと6ページほど書いてあるものだった。

「あの子にちゃんとした教育を受けさせたら、間違いなく、素晴らしい大人になると思うよ」とまで言う人もいる。

 徐々に彼女の化けの皮がはがれ、警察に拘束されたが、実害がないということで釈放された。

 筆者の吉岡は、彼女を見つけ出した。彼女は言った。「私ね、日本人だって言うと、みんな一緒に写真を撮りたがったり、護衛まで付けてくれたんだもの。びっくりしたの」。

「じゃあ、もう一回、日本人になってみたい?」。「ユウコは、(私の中で)死んだよ。これからは、本名のカンティアで生きていくんだ。また働こうと思ってる」。

 アジアと日本の関係を奇妙な事件を通して浮かび上がらせた、傑作ノンフィクション。吉岡忍の代表作だ。
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プロフィール

カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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