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お昼はゴーヤチャンプル−だったので。

IMG_4926.jpg お昼ご飯にゴーヤチャンプルーを食べたので、沖縄の思い出話。大学には二年留年して、六年も通ったのですが、毎年、印刷所が閉まる年末になると、沖縄の本島に通っていました。

 印刷所が閉まる時でもない限り、休みが取りにくかったからです。夏休みも返上して、仕事をしていまいた。

 泊まるのは、決まって、泊(とまり)の私設ユースホステル。普通のお宅をユースホステルとして、解放しているところでした。ユースホステルでは、たくさんの仲間が出来ました。

 1000ccのバイクで嘉手納に行く人がいれば、ヘルメットを借りて、後ろに乗せてもらい、連れて行ってもらいまいした。レンタカーを借りて、南に行く連中がいれば、ガス代を折半して、乗せて行ってもらいました。

 仲間と出かけないときは、波上宮(なみのうえぐう)というお宮さんが海に近いのですが、桟橋で日傘を差して、本を読むことが多かったです。

 不思議なのですが、夕方になると、どこからか人が沸いてきて、砂浜で宴会が始まります。おばあたちは、タッパーにお惣菜を作って、持ち寄っていました。

 一升瓶の泡盛は、おまわりさんに見つかると、うるさいというので、倒していました。どういう境遇の仲間なのかはわからないのですが、人目を忍んで、宴会をしている様子でした。

 ユースホステルのお母さんに波上宮の砂浜で、いつも飲ませてもらってると言ったら、そこで宴会が開かれていることを知っていて、びっくりしてました。

 東京生まれのお嬢さんが得たいの知れない仲間と宴会をやっているのが不思議だったのでしょう。「度胸があるさあ」と笑われました。

 30歳で過労で倒れて入院するまでは、お酒を飲んでいたのですが、宴会の途中に飲み過ぎて、眠ってしまったことがあります。目覚めは、おじいの「ほっぺにチュ」でした(笑)。

 時計を見れば、午前0時過ぎ。門限を過ぎていました。慌ててユースホステルに帰り、酔いに任せて、お宅の外壁のブロックを登って行きました。

 屋上まで行ったら、二階にあるベランダまで、ダクトを伝わって降り、ベランダから侵入しました。命知らずでよくやったものです。カギが開いててよかった(笑)。

 朝になったら、門限に閉め出された私が何食わぬ顔をして、寝ているので、仲間は大騒ぎ。「どうやって入ってきたの!?」と言われたのですが、「内緒」と答えておきました。

 波上宮の宴会には、毎年のように参加していたのですが、砂浜が整備されることになり、大がかりな工事が始まり、宴会はなくなりました。

 あのおじいやおばあたちは、何だったんだろう(笑)。
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カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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