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今日は、父の誕生日&結婚記念日。

IMG_7556.jpg 今日(12月5日)は、父の誕生日で、結婚記念日だ。

 父は、戦争後遺症の祖父に育てられた。祖父は、戦争でアジアに派兵されていた。

「マレーの虎」と呼ばれた山下奉文(やました・ともゆき)軍司令官の参謀をやっていた祖父の戦争体験は壮絶だった。

 自分たちが潜伏していた村を痕跡がわからないように焼き討ちしたり、現地の人を後ろから、袈裟懸け(けさがけ)に切って、殺した不幸な体験がある。

 戦争から帰って来て、人が変わったように酒を飲むようになり、酔っ払っては裸電球をバッドで割り、近眼のひどい祖母が箒(ほうき)とちり取りで、毎晩のように片していた。

 祖母は、耐えきれなくなって、父の妹の女の子だけを連れて、死のうと思ったことがあるという。

 そのため、父は、切ないほど幸せな家庭にあこがれていた。下町に生まれ、大家族の中で天真爛漫に育った母とお見合いし、この人となら理想の家庭が築けると思ったのだろう。

 母がいつだったか見せてくれたが、それはそれは、情熱的なラブレターを父からもらったことがある。文末には「幸せな家庭をあなたとなら築けると思います」と書いてあった。

 しかし、暴君のような祖父に育てられたために、性格にいびつなところがあり、何より小心者だった。母が自動車を運転することを嫌がったのは、母を心配したというより、自分が不安になるのが嫌だったからだ。

 何かに付け、小心者な父をあたしは嫌いだった。15歳にもなって、友人の別荘に泊まるから許してくれと言っても、自分の目の届かないところで、何かあるのが嫌で許さなかった。あたしは家出をしてまで、無理矢理、泊まることを承知させた。

 そんなことが重なって、いつの頃からか、あたしは父と口をきかなくなり、目も合わさなくなった。父は慌てて、下手(したで)に出て、あたしのご機嫌を取ろうとしたが、あたしは無視を続けた。

 あたしにそっぽをむかれた父は、今度は妹を溺愛するようになった。妹は、いつの頃からか「お父さん」と呼んでいたのを「パパ」と呼ぶようになり、父に懐いた(なついた)。

 それでも、父は、あたしを振り返らせるために、ある時、あたしと妹の前で何気なく言った。「お姉ちゃんの方が美人さんだね」。

 妹は深く傷つき、父が本当は、あたしに振り返って欲しいことを痛感した。自分は、姉の代わりにかわいがられているのではと、疑心暗鬼になったりもした。

 父は、結婚を決めた日に夢見た、幸せな家庭を築けなかった。54歳でガンで亡くなる日まで、あたしが父を許さなかったからだ。

 どんなに落胆しただろう。もう少し長生きして、あたしが大人になっていれば、父の過去を思いやってあげられたかも知れない。いまとなっては、父にわびたい気持ちもある。
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コメント

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Re: No title

unagiさん、こんばんは。初コメント、ありがとうございます。大人になってみると、許せなかったことにわびたい気持ちなりますね。先日は、ゆずジャムを紅茶に入れたものを飲み、とてもおいしかったです。ありがとうございます。

ごめんなさい。

ごめんなさい。非公開コメントなのに、お名前を書いてしまいました。不愉快に思われたら、申し訳ありません。配慮が足りませんでした。以後、気をつけます。

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カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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