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しろくまのおじさん。

IMG_7509.jpeg 斜向かいの電気屋の一家が心中したのは、あたしが小学校にあがった頃だった。借金苦が原因だった。

 あの日、朝起きると、家の前にパトカーが止まっていたのを憶えている。電気屋の周囲は、近所の人でごったがえしていた。「ガス自殺だってねぇ」という、ひそひそ声が聞こえた。

 あたしはすぐに、電気屋の店の奥にしつらえられた茶の間にガスストーブが置いてあったことを思い出した。茶の間のさらに奥には小さな台所があり、ガスホースはそこからヘビのように長く伸びていた。

 なぜ、そんなことを知っていたかと言えば、あたしは、その茶の間の“小さな常連”だったからだ。

 たぶん、やさしかった店のおじさんが目当てだったのだろう。あたしは、茶の間に上がり込んでは、親戚のうちにいるかのように、冬はみかんを食べながら、夏は麦茶を飲みながら、テレビを見ていた。

 電気屋には、中学に通うお姉ちゃんとお兄ちゃんがいた。年が離れていたので一緒に遊んだ記憶はない。けれど、学校から帰ってきたときなど、茶の間にいるあたしを見つけて何か冗談を言い、2階の自分たちの部屋に入っていく後ろ姿を見送っていた。

 きっと、あの茶の間で死んだんだと思った。周囲の大人にそのことは言わなかった。

 あたしは、電気屋の主人のことを、いつの頃からか「しろくまのおじさん」と呼んでいた。ビーチボールの素材でできたしろくまの形の風船をくれたことがあったからだ。それは、クーラーの販促グッズで店頭に飾る一体しかなかった。

 遊びに行くたびにしろくまの頭をなででいるあたしを見て、おじさんは笑い、「もういらないから、あげる」と言った。まさかもらえるとは思っていなかったので、あたしもびっくりして笑った。

 抱きかかえるようにして、空気がパンパンに入ったしろくまを家に連れて帰った。スキップでもしていたんじゃないだろうか。

 おじさんの「もういらないから」は、クーラーの売れる夏が終わるからだったのか、もう死んじゃうからだったのか、いまとなってはわからない。

 あの事件で「いっかしんじゅう」という言葉をおぼえた。知っている人が死ぬ最初の出来事だった。とはいえ、死ぬことの本当の意味を理解していたわけではなかった。

「しろくまのおじさん、死んじゃったの? ふーん」。子供にありがちな、そんな受け止め方だったと思う。

 風船のしろくまとは、おじさん一家が死んだ後も、ずいぶん長い間遊んだ。毎年、夏になるとふくらませて、プールに連れて行ったり、一緒に水風呂に入ったりした。

 あれから、もう40年が過ぎようとしている。当時から小さかった商店街は、電気屋がなくなった後、パン屋と八百屋とラーメン屋がつぶれ、米屋が代替わりとともに店仕舞いし、酒屋がセブンイレブンに変わった。そして、その間にうちの薬屋が父の死とともになくなった。

 商店街が死に始めたのは、あの日の事件からだったことをいまにして思う。

 このポラロイドは、父がうちの日用品を扱う雑貨屋を撮ったもの。のちに薬屋になった。どれくらい古い写真かわからない。

 若い母が写ってるので、相当古いものだと思う。CABINと赤地に白で書いてある前に幼いあたしが写ってる。今日は、なつかしい写真が出てきた。母にも見せたが、「あたしったら、ずいぶん細かったのねぇ」と見入っていた。
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コメント

白くまくん…

たぶん当地の電機メーカーのエアコン販促品かも~??

無理心中?
なんかかなc~。。。

Re: 白くまくん…

ざくまらさん、コメント、ありがとうございます。ロビンです。そうなんですよ、幼心に強烈な思い出として、残ってます。初めて、身近な人が亡くなった事件でしたから。

No title

小さな心に焼き付いた衝撃な出来事だったんですね

う~~~ん、切ないですね・・・

幼心。

だらおさん、初コメント、ありがとうございます。ロビンです。そうなんですよ、幼心に強烈な思い出として、残ってます。なにせ、朝起きたら、いきなりパトカーでしたから。初めて、身近な人が亡くなった事件でした。

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カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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