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「ぼくは勉強ができない」。

IMG_7500.jpg 小学校6年になるまで、九九がちゃんと言えなかった。それどころか、足し算、引き算に指を使っていた。当然、三角形の面積なんて求められるはずがなかった。両親はそのことを知らなかった。

 それが露見したのは、ある日、算数の赤点のテストを見せたときだった。算数の赤点自体は珍しいことではなかったけれど、あたしを私立の中学に上げようと密かに考えていた父親は、そろそろハッパをかけなければと思ったのだろう。

「なんでこんな簡単なものが解けないんだ」と問題の三角形を指して言った。黙っていると「公式を言ってみろ」と詰め寄られた。それでも黙っていると、急に不安な顔になり、「まさか、三角形の面積の求め方、知らないのか?」と聞かれた。

 それでも黙っている娘を見て、父親はあきれ顔で言った。「おまえを私立のいい中学に入れようと思っているのに、そんなんじゃダメじゃないか」

「三角形の面積は、底辺×高さ÷2だろ。ほら計算してみろ」と言われて、鉛筆を握らされた。今度は、その計算ができなかった。8×7がわからなかったのだ。

 ハチシチ……ハチシチ……。シチハチ……。口の中で必死に唱えた。逆に言ってみても、出てこなかった。

 その様子を見ていた父親の表情が“あきれ”を通り越し、もはや“愕然”に変わっているのがわかった。「おまえ、九九、全部言えないのか……」。

 それまで父親は、あたしの成績をせいぜい「中の下」くらいだと思っていたようだ。通知票の五段階評価でも、ほとんどが「3」、図工と家庭科が「5」といったところだった。

 ちょっと頑張らせれば、私立に手が届くと考えていたのだろう。不幸なことに父親は、お世事にも教育レベルが高いとはいえない地域の公立小学校の「3」が決して“標準”を表していないことを知らなかったのだ。

 翌日から急遽、中学受験に向けて、巻き返し作戦が発動された。昨夜のうちに受験科目が4教科(算・国・理・社)のところは無理だと判断し、国語と算数の2教科だけで受けられる学校に照準を絞ったようだった。

 あたしに3年生からの算数と国語の教科書を持ってこさせ、学校から帰ると、父がやっていた薬屋の隅で、1ページずつ、父親つきっきりで「おさらいの日々」がはじまった。

 あたしの教科書は、書き込みひとつない、きれいなものだった。そのことが、授業中に空想ばかりしていたことを告げ口しているように思えた。受験まで、あと10ヵ月もなかった。

 突然はじまった受験勉強の日々は、あたしにとって、復習ではなく、はじめて習うことばかりだった。球体や円錐の体積なんてものが計算でわかるというのが新鮮だったのを憶えている。国語は漢字の読み書きが中心だった。

 毎日が飛ぶように過ぎ、受験まであと3ヵ月ほどとなったとき、予備校に通うことになった。そんな直前になって、予備校に通い出すのも珍しいのか、入塾テストを一人で受けると、試験を担当した講師が沈痛な面持ちで母親とあたしに言った。

「残念ながら、この成績ですと、いまからでは間に合いませんな。私立はちょっと無理でしょう」。

 家に帰って母親と父親の間でどんなやりとりがあったかはわからない。けれど、翌日から小学校に通わなくていいと言われた。その代わり、引き続き家での勉強に専念し、予備校にも通うようにと言い渡された。

 言われるままに勉強して、いよいよ6年生の教科書の内容も終えると、今度は目指す学校の予想問題を解く訓練に移った。 

 朝10時から夕方4時まで家で父親と勉強し、それから予備校に行き、8時に帰ってきて夕食。その後10時まで予備校の勉強の復習を、これまた父親つきっきりでやった。

 父親は何としても、あたしを私立に入れるつもりだった。自分の大学中退をコンプレックスに感じていたのか、はたまた当時の公立校が“荒れていた”から通わせたくなかったのか、たぶん、その両方だろう。

 父親の意地と熱意によって、あたしの算数と国語の成績はめきめき上がっていった。それも当然だ。真っさらな状態からの出発だったのだ。ひとつ何かを憶えれば、それだけ点数は上がっていった。

 6年の3学期がはじまる頃、どうにか大学付属の新設中学が射程距離に入ってきた。ラストスパートとばかりに、父親もあたしも盛り上がっていた頃、そこでとんでもないことが露見した。

 それは、予備校のミニテストで、簡単な「つるかめ算」が出題されたときだった。

Q 鶴と亀が合わせて5匹います。足は全部で16本あります。さて、鶴は何匹いるでしょうか。

 普通、鶴や亀は、リンゴやミカンの値段に置き換えられていることが多い。しかし、それは珍しく文字通りの「つるかめ算」だった。当然、そんなものは朝飯前とばかりにスラスラと解いた。

 にもかかわらず、答案用紙にはバツがつけられて戻ってきた。途中式を見直しても、あたしには、なぜバツなのかがわからなかった。添削間違いかと思った。

 家に帰って父親に見せると、途中式の中に出てくる「この“3”は何だ?」と聞かれた。あたしは、正直に「つるの足の数」と答えた。

「おまえ、この世の中に3本足で歩く動物がいると思っているのか!? だいたい、そいつはどうやって3本の足で歩くんだ? 理科や社会の復習を省いたからって、それくらい常識だろッ!」

 父親の怒りは、たしかにもっともだった。言われてみれば、鶴が3本の足でどうやって歩くのか、考えたことはなかった。

 もちろん見たこともなかった。でも、鶴やフラミンゴなどの足が細くて長い鳥の足は、なぜか3本だと思い込んでいた。

 この話は、母や亡くなった妹の笑い話のタネになっていた。ときには、あたしを指さし、「なんたって、鶴の足が3本の人だからね……(どういう発想をしているかわからない)」と言われることもあった。

 結局、第一志望の大学付属校の試験には、鶴も亀も出てこなかった。そのためか、あたしはその学校にギリギリセーフで受かった。

 けれど、あたしの恥多き人生もまた、このときすでに始まっていた。中学生になってから、百葉箱が鳥の巣ではないことを知り、函館が九州ではなく、北海道にあることを赤っ恥とともに憶えることとなった。

 その後も今にいたるまで、小学生レベルの常識が欠落していることで恥をかき続けている。なんだかね(笑)。
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コメント

こんばんは。

う~ん。
前日に続き、赤裸々な告白?ですね。
私小説?を書いたら、面白いかも!
きっと、読んで役に立つ人はたくさんいる!!と思いました。
面白いだけじゃない、なぜか、なにか人生に役立つことが書かれている……と思いました。

ありがとうございます!

yamashiro94さん、こんばんは。ロビンです。コメント、ありがとうございます。体調が安定したら、私小説かエッセイを書きたいと思っています。芽が出るかどうかわかりませんが、ブログで文章修行して、いつか文壇デビュー(笑)できたらいいなと思います。

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プロフィール

カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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